第一次世界大戦終了後、主流派のオーストラリア入によるアイルランド人排斥の風潮にも変化が見え始めました。
労働党内部で得たつてを通じ、アイルランド系オーストラリア人は次第にオーストラリア社会から認知され、受け入れられる様になっていきます。
戦争の結果、オーストラリアには異なった2つのナショナリズムが生まれることになります。
その1つは、自らを独立したオーストラリアの英国人と考え、帝国主義に共鳴を続ける人々のナショナリズムです。
他の1つは労働党と結びつき、あらゆる形態の帝国主義を非難する人々のナショナリズムです。
しかし、帝国の政治家達は戦時中の体験にまた異なった見解を抱いていました。
彼らは戦争により、大英帝国は一層お互いの距離を縮めることができたと信じていました。
そのため戦後の移住計画は、この事実をさらに1歩進めるために必要なステップであると考えました。
1917年7月、退役軍人の移住を検討するために設けられた英国の委員会はこう報告しました。
「調査を進めるに従い、最近英国民の移住に対する認識には非常に大きな変化が生じてきていることが判明し、わたしたちは大きな衝撃を受けている」。